2026.01.03ブログ

【普遍的な真理を探究する賢者とともに】2026年もよろしくお願いいたします⭐︎



2026年、心の禊ぎがはじまり、心新たにブログに書き記しておこうと思います。

現在の仕事を“偶然”はじめたのが2006年頃、そして2013年頃に独り立ちをしてから早13年目。13年前、「私がやるべきテーマは何だろう?」それまでの人生では考えたこともなかったことです。

賢者

何度も脳裏を横切る言葉、どうやら私は「賢者」をテーマに何かしたいらしい。それは必然だったのか?今もまったく変わらない、それどころかその知的欲求には終わりがなさそうです。しかし、私が求めているのは、神(創造主)そのものではなく、賢者の神を感じとる感性であり、その方法論、そして真理を求め続ける探究心。そこに美しさを感じるのです。

2026年も賢者とともに、どうぞよろしくお願いいたします。

【雑記】
新年早々、アニメの『チ。』を鑑賞

疑念と信念、二つ持っていて不都合が?聖アクィナスは、知性を、一方では物体的で、他方では非物体的ととらえました。肉体と魂、理性と信仰、哲学と神学、疑うことと信じること。これらの矛盾は両立します。なぜか?それが人間だからです。人間は神でも獣でもない、その中間に存在する。でもだからこそ、矛盾を、曖昧を、混乱を受け入れられる。むしろ、そこで理性の息継ぎをする。・・・奇跡とは、必然に満ちた領域で生まれる偶然のことです。と同時に、偶然に満ちた領域で必然が生まれることです。〈エピソード24・25〉

『チ。』の本流は、矛盾の中に生きる、生命の尊さを示唆しているんですね。それは、宇宙存在としての稀有な体験を、自ら選んで生きる「人間という賢者の魂」を、無限に成長させる、愛ある生き方なのだと思います。親友madokaより