2026.06.23ツアーレポート

極上の旅「糸魚川」翡翠と文化、そして奴奈川姫の伝説をめぐる二日間

夏至「神話・翡翠・観音」大地の記憶をたどる糸魚川へ〈アマノコトネ〉
https://majolica-planning.com/store/event/2037.html

8年ぶりにご一緒したアマノコトネさんとの糸魚川への旅。今回のテーマは【極上の旅】。大人旅にふさわしい宿と食事、伝説。そして土地と文化の深みに触れた2日間を振り返ります。



清流姫川のほとり「国富翠泉閣」
宿泊は、姫川のほとりに建つ「国富翠泉閣」。極上の食事と温泉。宿に到着後、ロビーでおもてなしサービスの一つである「囲炉裏を囲んだ焼き団子と甘酒、フリードリンク」で疲れを癒し、奴奈川の湯、八千矛の湯へ。



ぬなかわヒスイ工房と本物の翡翠
初日は、生粋の糸魚川生まれ・糸魚川育ちの翡翠職人・山田修さんの「ぬなかわヒスイ工房」へ。本物の翡翠とはどういうものか、手作りとはどういう営みなのかを、実際に翡翠に触れながら解説していただきました。同じ「翡翠」でも、量産品と山田さんの手仕事の作品とでは、まったく違うものであることがよくわかります。



フォッサマグナミュージアム、縄文時代中期の国指定史跡「長者ヶ原遺跡」
展示物の中に、山田さんが小学生の時に、自宅の庭から出土された遺跡も展示されていました。



「学術と神秘が交差する夜のお話会」
アマノコトネさんと山田修さん。互いの知識と経験への敬意を保ちながら、お二人の対話は深い探究心に満ちたものでした。奴奈川姫の物語は、出雲と北陸という二つの古代地域をつなぐ結び目。出雲の大国主が、なぜ遠く離れた越(北陸)の女神と結ばれたのか。山田さんからの、「奴奈川姫と大国主のラブロマンス説は、平成の大合併にできた観光政策」という指摘。歴史を学術的に研究してきた山田さんだからこそ、伝説がいつ、どのように「物語」として整えられ、観光資源として再構成されていったのか?

さらに大国主と奴奈川姫の子とされる、諏訪信仰の中核を担うタケミナカタは、本当は誰の子どもなのか?8年前「稚児ヶ池(奴奈川姫が身を投げたとされる終焉の地(入水伝説)」を訪れた時に観た、コトネさんのヴィジョン。卑弥呼の出自、海人族としての安曇族が日本海を越えて朝鮮半島とどのような交流を持っていたのか?糸魚川という土地が、古代から海を介したネットワークの一部であったこと。そしてアイヌのアシリ・レラさんと奴奈川姫のつながり。

糸魚川歴史民俗資料館(相馬御風記念館)、相馬御風宅(史跡)
一同驚いたのが、相馬御風という人物の存在感の大きさです。早稲田大学校歌「都の西北」の作詞者であり、童謡「春よ来い」の作者でもある御風。文壇で活躍した後、故郷糸魚川に隠棲し、後半生の30数年を良寛研究に捧げた人物。そして実は、糸魚川がヒスイの産地であると最初に着目したのも御風だったと伝えられています。

さらに驚くことに、アマノコトネさんの、祖母の妹さんの、婚家先の義理のお父様が「相馬御風」!今年3月コトネさんと初めて相馬亭を訪れた時に知ったのです。



陶芸家・北大路魯山人
御風を慕って糸魚川を3度も訪れています。魯山人を尊敬する人は今も多いのに、彼が敬愛した御風自身の功績が世にあまり知られていないという事実に、一同驚きを隠せません。

谷村美術館
建築家・村野藤吾、彫刻家・澤田政廣、そして造園家・中根金作——三人の巨匠の技が結集した空間。自然光の中だけで展示されている「黄金の曼珠沙華、金剛王菩薩、弥勒菩薩像、聖観音像は、いずれも澤田政廣による彫刻作品。神秘さを伴いながら、不思議と対話できるように向き合える静かな力を持っています。



結び
清流姫川のほとりでの極上の滞在、本物の翡翠と山田氏の神技、奴奈川姫伝説、知られざる文人・相馬御風の足跡、そして観音様の仏像と翡翠の庭園が織りなす静かな対話。アマノコトネさんと過ごした2日間は、学術と神秘、物質と精神、過去と現在、その境界をしなやかに越えていく時間そのものが、糸魚川という土地の懐の深さを表しているように感じました。

アマノコトネ ブログ https://note.com/hiro70/n/ndd74279205cc